■浩悦庵の創業と社名の由来
 当社創業は昭和12年に初代矢口稔が京表具「幽聲堂」を京都市下京区に開いたことに始まる。初代は、当時の京都画壇の為に尽力をつくし、文化人として著名であった内貴清兵衛氏に弟子入りを望み、通いつめた末に入門を許されたという逸話が残っている。内貴清兵衛氏のところには、京都画壇の富田渓仙、小松均、北澤映月、その他多くの有名画家が往来していたと言う。

 矢口稔の真摯な態度は、やがて清兵衛氏に認められ、画家の基本的理念や、日本画の技法、さらに表装全般に至るまで、幅広く指導を受けたと記録にある。ここで熱心に学んだ多くのことが、後に表具師として仕事に取り組む原動力となり、躍進の源泉であったと初代は懐述している。

 浩悦庵の命名は、この内貴清兵衛氏との縁がもとで、交流を持つことになった当時のNHK京都放送局(ラジオ)の初代アナウンサーであり、後にNHK演芸部長となる高谷宋之助氏からいただいたものである。浩悦の意味は、漢詩「浩然神気凌江山」「悦尽竹田望明月」からとられたものであり、大きな丘、大きな山河の精神は広々とゆったりしている。竹田から澄みきった月を眺めることは喜びに尽きる。浩悦庵に込められた想いのとおり、日本文化にとってかけがえのない貴重な財産を修復して保存し未来へ継承する仕事は、「ゆったりとしたおおらかな気持ちで、ともに喜びを広げ分かち合う」という精神を現している。




 
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